「ってことで、一週間りんと旅に出てくるわ」


悪びれも無く放たれた言葉に、殺生丸は闘鬼神を手に取った。













養子




















「靖伯・・・・」


ゆらゆらと、冷たい怒りが辺りを支配する。


「あ?」


すらっと刀を引き抜き



「げぇっ!!」



躊躇無く振り下ろされた刀を靖伯は、はっしと両手で挟んで止めた。
俗に言う白刃取り。


「・・・・・腕を上げたな・・・・」


いやいや、お前、本気でしょ!


一筋の汗が頬を伝う。


「ば、ばば馬鹿じゃねぇの!?『・・・・腕を上げたな・・・・・・』じゃなくて、あっぶねぇだろーが!!!」


「案ずるな、りんには貴様は先に旅立ったと言っておいてやる。」


嗚呼・・・洒落になんねぇぜ、全く。



「とにかく、明日、出立すっからな!」


ふん、と。

そう言って靖伯はこれ以上此処にいたら命が危ないと言わんばかりに、さっさと殺生丸の前から姿を消した。



殺生丸はそれを尻目に刀を鞘に戻して思案する。


メンバーは靖伯と刀菊と万葉なのだから戦力的には問題はあるまい。
しかし・・・・・



其処まで考えて、殺生丸は拳を握りしめ、振るわせた。



「しかし、だ。何故私は行けないのだーーー!!!」



と叫ぶと、ひょっこり邦明が顔を出した。



「ソレは貴方様が仕事を今までほったらかしてきた為で御座いますが?」



むかむか



「分かっておるわ」



近くにあった書物を手にとって、ぶんと投げた時には、もう邦明は姿を消していた。



これから一週間りんと会えないと考えると・・・・



「・・・・・これは私も行くしかあるまい・・・・」



自分もこっそり付いていこうと考えたものの、その企みは見事邦明にばれ、泣く泣く仕事をやらされたというのは此処だけの話。






























出立の朝。



「行って来ます」


ぺこりと頭を下げるりんを優しく見やるのは利衛と和夜、茅。

殺生丸はむっすりと佇むのみ。



「そーんな顔するなってーの。りんは俺がしっかり護ってやるからよ♪」



その声は限りなく楽しそうだ。
どうやら、からかうのが楽しくて仕方ないらしい。



「貴様・・・りんに傷の一つでも付けでもしたら・・・・」

「ハイハイ。分かってるっつーの。俺の妹に傷をつけさせる訳ねぇだろうが」



貴様だから心配なのだ・・・。



はぁ、と殺生丸は重い溜息を零した。
どうも、自分が抜け出そうとしていることは漏れていたらしく、早朝、邦明を初めとした数名が抜け出そうとする処へやってきた。
そうして仕方なしに諦めた訳なのだが・・・


あやつだ。靖伯のあの勝ち誇った顔。
ああ・・・・殺したい・・・。



一人負のオーラを出し始める殺生丸に、りんは心配そうに声をかける。



「殺生丸さま・・大丈夫?」

「あぁ・・・。」

















そんなこんなで出立した4名。


最初はぽてぽてと歩いていたりんも、このままでは日が暮れてしまう、と、靖伯が抱き上げての旅になった。



「靖伯さまも殺生丸さまみたいにお犬さんになっちゃうの?」



何処にこのような大それたことを聞く者が居るだろうか、と、万葉と刀菊は二人の後ろで顔を見合わせた。



「ああ、そうだな。俺も犬の妖だからな〜。後ろの万葉と刀菊も犬になるんだぞ?」



「そうなの?」



嬉しそうに聞いてくるりんに戸惑いつつ、刀菊が答えた。



「はい、私どもも犬の妖ですので。」


「りんもお犬さんになって、皆と走り回りたいなぁ〜」


「ははっ犬にならなくたって走り回れるだろ?それに思い切り走りたいときは阿吽に乗せて貰えば良い。」


「そうだね。阿吽早いもんね。」




万葉と刀菊にとっては、りんとこのように過ごすのは初めてな為、どう接して良いか分からないようだ。
稀に殺生丸の供としてつくことはあったが、殺生丸の場合は会話について心配などしなくて良い。
口数が少ない主なのだから。
しかし、りんは違う。
何でも聞いてくるし、話しかけてくる。
その接しようが分からなくて、ただただ靖伯と楽しそうに話す様子を見るしかできずにいた。













やがて、昨日準備の為に寝るのが遅かったのか、うとうとし始めた。


「眠いのか?」


「うん・・ちょっと・・・ごめんなさい」


「あと数刻かかるから寝とけ。」



それに素直に頷くと瞳を閉じて静かに寝息を立て始めた。



「・・・・刀菊、万葉。」




「「はい」」



「急ぐぞ」




そう告げると共に飛び上がった。



「今から急げばどれくらいだ?」


「半刻ほどで着くかと」



万葉は控えめに答えた。
靖伯の腕の中で眠るりんを起こすのが憚られたのだろう。
幸い目を覚ます様子はない。



「上出来だな。刀菊は到着したら、りんの身辺の世話を頼む。」


「はい」


「万葉は・・・・俺と狩にでも行くか。」



靖伯はいつもの笑いを湛えながら言った。



「・・・よろしいんですか?」


「あぁ、一週間もあるんだ。どっか遊びに連れてってやらねーとな。りんも連れてな。」



そうして、腕の中のりんに視線を落としてそっと頭を撫でた。
りんはぐっすりと眠っていて、その手はしっかりと靖伯の着物を掴んでいる。



「しかしあの殺生丸の顔、傑作だったな。」



恨めしげに自分たちを送り出した殺生丸の不服そうな顔を思い浮かべ、靖伯はひとりクックッと喉を鳴らして笑った。


「靖伯様は楽しんでいらっしゃいますが、私どもからしたら・・・」



刀菊は引きつった笑顔で言い、万葉もまた同様の表情で思い切り頷いた。



「そうか?しかし殺生丸も結構丸くなったよな〜。」



感慨深く言う靖伯だが、どうも万葉と刀菊は賛同できずに居た。
何せ主は今も昔も、もちろん尊敬の念もあるものの、「恐ろしい」のだから。
しかも今朝の殺生丸の機嫌と言ったら最悪だったものだから、更にその念は強まったのであろう。



「ま、あいつの機嫌はこいつ次第って事だな。だから首が飛ばんようにしっかり、りんを護らねーとなぁ」



ふざけて言っているのだろうが、万葉と刀菊は内心冷や冷やで、とても笑えない。
二人は複雑な気持ちですやすやと眠っているりんを見た。











「お、そろそろ見えてきたな。」


靖伯は遠くに自分の館を認めると、腕の中のりんを起こしながら速度を緩めた。



「おら、そろそろ着くぞ。」



りんは眠そうに目を擦りながら顔を上げた。


ほら、と精白の指す先を見てりんは嬉しそうに顔を綻ばせた。



「おっきいねっ」



身を乗り出すりんを抱えなおし、靖伯はゆっくりと地上へ近づいた。
それに万葉と刀菊が続き、順に降り立つ。



しかし、まだ靖伯の館までは少し距離があって(靖伯はともかく、万葉と刀菊は飛行したまま、靖伯の館の結界内に入れないため)短い草を踏みしめながら今までとは打って変わってゆったりと歩いた。


少し歩くと、ぴりり、と何か違和感が感じられた。
弱い静電気のようなものが肌を駆け巡り、それを通り過ぎると、少し冷たかった風が遮断され、ゆるやかな風がそよそよと頬を凪いだ。
どうやら結界内に入ったようだ。

結界内に入ってしまえば早いもので、すぐに重厚な門と、門の守が見えてきて、靖伯は笑って手を振った。

門の前の守衛は、靖伯を認めると恭しく頭を下げる。



「「お久しぶりで御座います。御館様。」」



屈強な体の、年配の男性と、その細君であろう女性はは口を揃えて言った。



「久しぶりだな。親父はいるか?」



頭を上げた二人の守衛は破顔して靖伯を見た。



「大御館様でしたら奥座敷でお待ちですよ。」

「何でも、新しい娘が出来ると、大奥様と楽しそうに御部屋の調度品を御選びになっていらして。」


そうして、靖伯からようやく下ろされて、不思議そうに見てくるりんを見て、しゃがみ込み、目線を同じにして話しかけた。



「貴方様がりん様、ですね」

「可愛いらしい御姫様(おひぃさま)ですな」



はっはっは


二人の守衛は豪快に笑い、門を開けた。





ギギギと音をたてて門が開いた。
靖伯は相変わらずで、りん、万葉、刀菊は硬い顔をしている。

狼炎は先代・闘牙の片腕と言われ、闘牙亡き後はその後を引き継ぐとも囁かれた人物。
しかしながら狼炎は殺生丸が成長するまで暫く主としてではなく、代表としての立場で西国を纏め、殺生丸が継ぐと同時に家も靖伯に継がせ、自分は悠々自適な隠居生活を送っている。
そのような人物であるからこそ、緊張してしまうのは仕方が無い。



門が開くと、巨大な庭園が続き、まだまだ館までは距離がある。



4人は門の中へと足を踏み入れ、石畳の上を歩き始めた。










































殺生丸は相変わらず脇キャラです(笑)