今日はいっぱい怪我をした人たちが運ばれてきた。


軍医のかごめさん、かごめさんの双子の姉で看護士の珊瑚さん、そして珊瑚さんの後輩看護士の私は、何時にも無く多忙な日を過ごしていた。






慌しく次から次へと運ばれてくる怪我人を手当たり次第治療して、落ち着いた頃には、もう、辺りが明るくなり始めていた。


















A Thousand Smiles 1























「じゃぁ、りんちゃん、お疲れ様。」


汗で所々色の濃くなっている手術着を脱ぎ捨てながらかごめは言った。
それにりんは、今日の疲れを見せない笑顔で


「お疲れ様です」


と言いながら、ひっつめていた髪を解き、いかにも真面目に見える眼鏡を外してケースに入れる。


「まったく、りんちゃん、何も伊達眼鏡までしなくても・・・・」



「だって!初め何もせずに患者さんに会ったら、高校の社会見学ですか?ってきかれたんだもんっ!高校の社会見学でそんなことする訳ないのに・・・」


仮にも23歳。
若く見られるなんてうらやましい!と周りからわ言われるが、流石に中学生や高校生と間違われるのには素直に喜べるはずもなく、りんは、年相応に見られるように研究に研究を重ね、出した結果が


「でもソレはねぇ・・・・普通にしてた方がかわいいのに・・・・」


世間一般の女性や、他の看護士たちとは違って、りんは別段自分を美しく、可愛く見せることに執着していない。
そのため、自分の容姿をわざわざ伊達眼鏡とひっつめ髪で損なうことに少しも抵抗が無いのだ。


「でも、この格好だと中学生に間違われることは無いんですよっ!たまに高校生に間違われることはあるけど・・・・」


最後の方では語尾が小さくなっていて、その残念さがいやと言うほど伝わってくる。




「じゃぁ、かごめさん、珊瑚さん、今日はお疲れ様でした」


りんはロッカーを閉めて鍵をかけると、そう言って更衣室を後にした。










今のりんはハーフパンツにブラウス(服はほとんどかごめと珊瑚が選んでいる)という、仕事しているりんとはイメージがかけ離れている為、数回しか会ったことのない患者さんにはりんだとは分からない。

りんは、それが公と私をちゃんと分けているような気がして、そして、何より仕事中は中学生に間違えられることが無いのが嬉しかった。





外に出ると、薄暗くて、もうそんな時間なのかと驚いてしまう。と同時に空調の効いている病院内に比べて肌寒く、薄着だったりんはその肌寒さに体を震わせた。
そのため、自然と早く帰ろうとする足は速くなる。

そうして駐車場に来ると、そこには数台の車しかなく、その中でも一際目立っているBMWが目が引いて、そっちを見た。
すると、どうやらBMには持ち主が乗っていたらしく、サングラスをかけた男性と目が合った気がした。
が、りんは気のせいだと思い、ぱっと視線を他に向けて自分の車へと歩く。
とにかく今はさっさと家に帰って眠ってしまいたい。



バタン


足早に通り過ぎた例の車のドアの音がして、りんは反射的にそっちを見てしまった。


その先には美しい銀の髪の青年が立っていて、りんは思わず立ち止まってしまう。




かつかつ。と。
その青年が自分の方へと向かってくるものだから、りんは、ぽかん、と呆け、青年をじーっと凝視していた。



「中学生がこんな時間にこんな処で何をしているんだ?」


はっと気がついたのは、そんな無礼な青年の言葉で、りんは眉を顰めて反論した。


「私は中学生じゃありません!」


「ほう、では高校か。」


そう言ってりんの手にある車のキーを取り上げた。


「車の運転は18からのはずだが・・・・」


「私は23です!!」


身長差がありすぎて上目遣いに睨みつけることになってしまう。
りんの言葉に青年は微笑して「これは失礼」と、謝った。


りんは、この訳の分からない青年を不思議に思って、じっと青年を見た。
どうやら「不思議な人だなー」とか「失礼な人だな」とは思っても、「怪しい人だな」と、疑うようには思わないらしい。



「ところで質問だが」


青年は唐突に口を開いた。
りんは別段身構えることもせず、ただ青年が何を質問するのか、その内容を待っている。


「今日の怪我人の中に、目の下に痣のある男を見なかったか?」


青年はそんなりんの様子を見て、苦笑しながら言った。
そう言われてりんは、「何でこんなことを聞くのかしら」と疑う気持ちなぞ少しも抱かずに、えーと。。。と考え出した。

その様子を再び苦笑しながら眺める青年。


「私、今日はずっとかごめさんに付いてたから、色んな患者さんと会った訳じゃないので、分からないんですよね・・・」


あまつさえ、役に立てなくてごめんなさい。と言う始末。


それに堪らずくつくつと笑い始める青年に、何か変なことを言ったかと不安がるりん。


「あ、いや、済まない。・・・・・・忠告しておくが、君はもっと人を疑うことを学んだ方が良い。」


その言葉にぽかんとする様子を見て再び笑う。


「ああ、良いことを教えてやろう。君の車だが、パンクさせられてるぞ。」


その衝撃的な言葉にりんは


「うそっ!?」


と、青年の忠告をすっかり忘れて勢い良く自分の車を見る。


「君だけじゃない。他の車もだ。俺が来た時には既にパンクさせられていた。」


それを確認して戻ろうと思ったんだが、何となく見張っていら、まさか君が来るとはな。


そんな青年の思案も知らずにりんは


「どうしよ〜〜」


と涙ながらにパンクさせられたタイヤを見ている。





「・・・・・良かったら送るが?」


その青年の言葉にりんは顔を輝かせて青年を見た。
「なんて良いひとなの!」と、言外に感じられるりんの顔に青年は呆れ顔で言った。


「・・・・・さっきも言ったが君はもっと人を疑うことを学んだ方が良いな。」


はっとそう言われてりんは疑わしげな視線を青年に向けた。


そ、そうよね、まだ名前も知らない人ですもの。


りんは青年を見ながらそう思ったのだが。

どうやらそれを口にしていたみたいで、青年は身分証明書を出すと同時に名を告げた。


「俺は殺生丸だ。」


差し出された証明書を見ると、どうやら軍の幹部みたいで、りんは目を白黒させた。
軍の看護士とは言っても、まだ入って1年とちょっとのりんは上層部の人と合う機会などある筈もなく、どう接して良いのか分からないようだ。



とりあえず自分が怪しい者ではないことが証明できたか、と殺生丸は身分証明書をしまうと、「乗れ」と促した。



「あっはい。」


りんはそう言って殺生丸の車に乗り込んだ。



殺生丸の車は乗り心地が良くて、りんは眠らないように、と殺生丸に話しかけることにした。


「えーと、殺生丸さまって」


言いかけて殺生丸に話を遮られる。


「待て、・・・今何と言った?」


「えーと。殺生丸さま・・・・」


殺生丸は怪訝そうに眉を顰めて


「様付けはやめてくれ」


と言った。

りんは当然それに困惑し、えーと、えーと・・・と言うのだが、殺生丸はその様子を見て、溜息をつくと


「もう良い、好きに呼べばいい」


と言ってりんを落ち着かせた。


「どこの地区に住んでるんだ?」


「アガサ区です。殺生丸さまは?」


「バーソレイ区だ。」


それを聞いてりんは嬉しそうに目を細めた。


「じゃぁすぐ隣ですね。」


暫く5,6分程話していたが、次第にりんの言葉が小さくなり、しまいには何も言わなくなってしまった。
代わりにすうすうと寝息が聞こえてきて、殺生丸は時計を見た。


「5時過ぎ、か。」


昨日は通常通りに出勤し、夜、あの騒動が起きて今まで怪我人の治療にあたったり、カルテの整理に追われていたのだ。
呼びかけても目を覚ます様子が無いのは無理も無いか。


殺生丸はそう納得したが、


「・・・・住所が分からない・・・・・」


はた、と思いついたその事実に少々困ったことになってしまった、とりんを見た。

安らかなその寝顔は可愛らしく、自分の欲望は疼くのを感じて、殺生丸はすぐに視線を前に戻した。









そして悩んで悩んだ末


「・・・・・仕方ない。家に連れて行くか・・・・」


などと、とんでもない答えにたどり着いた。































殺りんの現代、いや、近現代??
とにかくそこらへんのお話です。
時代背景については突っ込まないで下さい。(笑)

殺生丸さんはりんのことを1年程前から気にかけていた訳ですね。
今まで何で接触が無かったかと言うと、案外シャイなんです。殺生丸は(笑)
でも、今までりんに近づこうとした人は裏で抹消してます。
・・・・・まぁ、この話については細かいことは突っ込まないで下さい(汗)

感想、激しく待っております。