拾った人間の娘。

何故拾ったと問うと、

「気まぐれ」

と笑って答えた。






















sideα 3. 回想弐



















靖伯はりんを連れ帰る前に人間の匂いを消す薬を振りかけて、屋敷へと戻った。
出迎えた者はりんの姿に目を見張り、何事かと次いで靖伯を見た。
靖伯はそれを見て苦笑すると、手当てしろ、とだけ言ってりんを渡した。
出迎えた中にいた柳桂はりんを受け取り、早々に屋敷の中に引っ込んで、りんの治療を行った。
幸い傷は残ること無く塞がり、柳桂はほっと一息ついた。


りんは三日三晩眠り続け、ようやく目を覚ました。


「目を覚ましましたか。」


ちょうどその場に居合わせた柳桂は、りんに笑いかけて言うと早速靖伯に知らせた。
暇を持て余していたのか、靖伯はすぐにりんがいる部屋へと来た。


「気分はどうだ」
「えーと、良い、と思う・・・?」


りんは、何故自分が此処にいるのかさっぱり分からなくて首を傾げた。


「名は、何と言う」
「りん、だよ。お兄さんは?」


靖伯は、自分の名を告げ、ついでに隣にいた柳桂も紹介すると、りんを拾ったいきさつを話し始めた。


「りんの他に生き残った者はいるかどうか分からねぇ。暫くしたら一緒に探してやるが、見つかる可能性は低いな・・お前、家族は何人だ」


りんは尋ねられて再び首を傾げた。


「りん、分からない・・・。何も」

「はぁ?何も分からないってお前・・・」


靖伯と柳桂は顔を見合わせた。


「りん、何も覚えてない・・」


やはり、と靖伯は頭を抱えた。
これでは此処から放り出す訳にはいかない。

嗚呼・・厄介な拾い物をしたもんだ・・・


静かに靖伯はため息をつくと、りんを見た。


「ま、俺も暫く長期休暇を(勝手に)もらったからな。いいさ、暇つぶしには丁度良い。」


その言葉に柳桂は驚いて靖伯を見た。


「暫く此処にいれば良い。俺が面倒をみてやる。」


柳桂はその言葉に目眩を覚えた。
乳兄弟のこの靖伯は、昔からこうだ。
後先考えず、面白そうだったらやる。
面白いから、と人間を飼われてはこちらも困る。
柳桂は反対しようと口を開きかけたが、それはりんに阻まれた。


「りん、此処にいても良いの!?ありがとう、お兄ちゃん!!」


なんと、りんは嬉しそうに靖伯に抱きついたのだ。
これには開いた口が塞がらない柳桂。
一方靖伯は驚いた顔を一瞬するが、すぐに笑ってりんの頭を撫でた。


ああ、そういえば靖伯は妹をほしがっていたな、と思いながら柳桂は一見すると微笑ましいりんと靖伯を眺めるが、すぐに眉を寄せて顔をしかめた。
現当主の靖伯が人間の娘を養うなど、他に知れたら少々面倒だ。


「靖伯、それは無理な話です。りんは人間の娘。我々妖とは相容れぬ存在ですから、すぐに人里に返すべきです。」

「細かいこと言うな、柳桂。もう決めたことだ。りんは俺が育てる。そうだな・・妹にでもするか。よし。」


靖伯はそう言ってりんを抱えて立ち上がった。


「靖伯!!」

「嗚呼、五月蝿い。わめくな、柳桂。これは俺が決めたんだ。今から父上と母上に会って、養子にしてくる。」


靖伯は柳桂の言葉に耳も傾けずにさっさと部屋を出で行ってしまった。






こうして晴れて靖伯の妹となったりん。
当主は靖伯なので、誰も異を唱える者は無かった。
靖伯の父と母も、何も言わず、寧ろ、娘が欲しかった!と喜んでりんを迎え入れる始末。
靖伯の父、狼炎は亡き闘牙の右腕と呼ばれた男で、妖怪から恐れられていた。
その狼炎も今は親バカと化し、柳桂の悩みの種は急激に増えていった。


「りんちゃん、今日はお母様と、お散歩しましょう?」

「儂も行こう。」


すっかり祖父母と孫の見本。


「うん、行く!」

「ああ、りん。走ってはいけないとあれほど・・・」


はしたない。と嗜めるのは柳桂の役目。
りんはそれに「はぁい」と元気よく返事して、再び狼炎と巴の元へと走り出す。


「全く・・・」


ぶつぶつ文句を言う割に柳桂の顔は嬉しそうだ。


「あっ靖伯さま!」

「今から出かけるのか?」


靖伯はりんの近くへ空から飛び降りると、りんを抱きかかえた。


「お父様とお母様とお散歩なの」


嬉しそうな顔で言うりんを靖伯は優しい眼差しで見ると、靖伯は狼炎と巴を見た。


「父上、母上、俺に無断でりんを連れ出そうなんて、おとなしく隠居生活を送ってれば良いものを」

「だって、いっつもりんは靖伯にべったりなんですもの。たまには私達と遊んで欲しいわ。ねぇ、あなた?」

「そういうことだ。」


狼炎はにやりと笑ってそういうと、さっとりんを奪って巴と共に走り去っていった。


「では、りんは借りますわよ、靖伯。ほほほほ」


靖伯は「お前らいくつだよ・・」と力なく呟くと、仕方ない。と溜まりに溜まっている書簡に目を通すことにした。
執務室に足を運び、山積みにされている書簡を面倒臭げに数枚拾い上げて、どんどんぐしゃりと潰して捨てていく。

どんどん書簡を減らしていっていると、一枚の手紙が目に入った。


送り主は殺生丸とあって、靖伯は方眉を上げる。


嫌な予感がして、手紙を燃やしてしまおうと思って・・・


ボッ!!


本当に燃やしてしまった。


「あいつから畏まって書簡が来るときはろくなこと無いからな・・・」


ふ、と勝ち誇ったように呟いて靖伯は他の仕事を消化し始めた。

























「・・・靖伯様から連絡が来ませんなぁ?」


老中の邦明はせわしなく筆を動かしながら言った。


「・・・直接行って・・・」


直接行ってくると行って立ち上がろうとしたが、邦明に止められた。


「万葉を使いにやりましょう。」


邦明は、目で殺生丸を制して万葉を呼ぶと、文を渡して靖伯のもとへと遣わせた。


「さ、殺生丸様、手を、筆を動かしてくださいませ。」


殺生丸は物鬱気な、怠慢な動きで筆を握った。















殺りんまでが長い話になりそうです

クゼ

2006.7.5