夢を見た。


私はとっても幸せそうに花冠を作っていて、誰かにそれを差し出してた。


でも、その人の顔はよく見えない。
分かるのは、その人がとってもきれいな長い銀色の髪を持ってるってことだけ。


見えないよ。

きっと、凄く、すっごく大切なひとなのに。

何で顔が見えないんだろう。

何で、その人のことについて覚えていないんだろう。



そう思うと、つ、と涙が頬を伝った。



眠りながら流す涙。


そんな日の朝は決まって心が沈んだ。





























sideα 1.シアワセな日常



















「靖伯さまっ」



ぱたぱたと走る音がする。
呼ばれる前から近づいてくる気配には気づいていた。

呼ばれた白銀の髪の青年は走ってくるりんを見やった。

またあのおてんば娘は。
と思いつつも青年・靖伯の口角は自然と上がる。


今日は良い天気で、庭には光がさんさんと降り注ぎ、光と影がくっきりと分かれていた。
靖伯はその際に立っていて、光の当たっている髪はきらきら光っている。



「お母さまが靖伯さまと一緒だったら散歩に行っても良いって!」



走る勢いそのままに靖伯に抱きついた。


そんなりんの行動には慣れたもので、靖伯は飛び込んできたりんを優しく受け止めると、頭を撫でた。



「よし、じゃぁ今から出かけるか。」



「うんっ」



嬉しそうにりんは頷くと共に精一杯靖伯に向かって手を伸ばした。

『だっこ』

意味するその行動を、りんは人前ではしなくなった。
流石にそんな子供じみたことを(まだ10やそこらなのだが)していれば、まこと密やかに何やら囁かれるのだろう。と分かっていたから。
だから、人前では決してしない。



それに対して、「しょうがねぇな」と、嬉しそうな顔でりんを抱き上げた。



「えへへ」



しっかりと抱きかかえると、靖伯は館をぐるりと囲む塀を飛び越えた。
ふわりと空気のように移動する靖伯。
りんはそれに慣れていてただ楽しそうに笑っている。



「靖伯さまは鳥みたい。」


「鳥?俺は犬の妖だぞ?」



靖伯は苦笑しながら言った。
その口からは犬歯が覗いていて、銀色の瞳は面白そうに笑っている。



「うん、だって・・・わわっ」



言いかけて、眼下に広がる世界と浮遊感に驚いて声を挙げた。
見下ろす先には何処までも続く山々とぽつんと、しかしながら広大な土地を占めている靖伯の巨大な館。



「も、もう、飛ぶんだったらそう言ってくれればいいのに!」



りんは靖伯に抱かれて空を飛ぶのが大好きだった。
しかし、急に飛び立たれたら驚くのは仕方のないこと。
りんは頬を膨らませて抗議した。


しかし、顔をむくれさせたのも束の間すぐに機嫌を直して楽しそうに風を身体で感じたり、下に広がる世界を覗き込んではしゃいだり。
現金な娘だと思いつつも、どうにもこの人間の娘が可愛いのは仕方のないこと。


靖伯は俺も変わったもんだ。と自分の頭をがしがし掻いた。












「あっ。ねぇ、靖伯さま、あそこに大きなお城があるよ?」



りんは遠くに見える城を指差した。
遠くて遠くて、小指ほどの大きさ。
城はその左側は断崖絶壁で、右側は濃い緑の森に接している。



「ああ、あそこには俺の従兄弟が住んでるんだ。」



靖伯の従兄弟と聞いて、りんは瞳を輝かせた。
その瞳は「行きたい」と言っていて、口から出てくる前にクギを刺した。



「でも、そいつは凄ぇおっかねーから、あそこには近づいたら駄目なんだ。」


「おっかない?」



小首を傾げてりんは聞き返した。



「兎に角すっげぇ怖いってことだ。」



ぽかん、という顔をするりんは靖伯はにやりと笑って続けた。



「りんみたいなちっこいのは一口でぺろり。だ。血も涙もない、おっそろしい奴なんだ。あいつは犬じゃねぇ、鬼だ、鬼。」


愉快そうに語る靖伯とは正反対に、りんの顔は「ええっええっ!?」という声と共に曇っていった。






































殺生丸はぴくりと鼻を動かした。
瞳を閉じて、何か探るように精神を集中させる。


ややあって、空を見上げた。
懐かしい匂い、ずっとずっと探していた匂いがするような気がして。




此処は西国の城。



殺生丸は自嘲気味にふ、と笑うと、再び文に目を落とし、さらさらと筆を滑らせ始めた。





愚かな。
まだ私はあの娘を探しているのか。
もう、3年も探している。
3年も、この殺生丸が・・・・・


りんを探してここ3年あらゆる場所に赴いた。
1ヶ月に一回ほど西国の城に戻り、さっさと政務を片付けてまた旅に出る。

しかし、この城の当主としての立場をはっきりとさせてしまった今、城を長期間空けるわけにはいかず、中々りんを探すことが出来ずに居た。















りんを人里に帰して以来半年ほど、一週間に一回、殺生丸はその村の上方にある山でりんの様子を見守っていた。
遠くからりんを見る訳でもなく、ただただその気配を追って、安心する。ということの繰り返し。

ある日、殺生丸は反乱分子討伐のため、で一ヶ月りんの様子を見に来ることが出来なかった。
そして、ちょうどその期間にそれは起こった。

















日々は平穏のままに過ぎてゆき、その日もそのまま終わるはずだった。
そう信じて疑わなかった。


村人はいつものように水を汲みに行ったり、民謡を口ずさみながら稲を刈ったり。
小さな子供のはしゃぐ声が満ちていた。



まず、ごごご・・・・と身体を揺らすような地響きが辺りを揺らした。 次いで土石流が村を襲った。
辺りは悲鳴で満たされ、りんもその例外では無かった。


里親に手を引かれて必死に逃げた。


けれど、ついには土石流に飲み込まれて・・・・




気が付いたら靖伯の腕の中に居た。












あの残骸を見て、りんは死んだのだと邪見は言ったが、殺生丸にはりんは何処かに居るのだと、何故か自信があった。
それは今も変わらない。



「殺生丸様、筆が止まっていますぞ。」



政務を取り仕切っている老中の邦明はきらりと瞳を光らせて殺生丸の手元を見た。



「・・・・・・・」



ふん、と殺生丸は微かに鼻を鳴らして筆をぽいと放り投げた。



「殺生丸様!今まで貴方様の代わりに政務をなさっていた靖伯様はいらっしゃらないのですから、きちんとなさいませ!」


「・・・・靖伯に文を寄越す。紙を。」



邦明は溜息をこぼしながら紙を取った。
しかし靖伯が来てくれれば仕事は片付くだろう。

どうも、西国に戻ってからの殺生丸はいつもいつも何かに気を取られている。



邦明は殺生丸が文を書き終えるのを待つことにした。

























続く













ハイ、別バージョンです。
この話ではりんは人里に戻されて、靖伯に拾われたバージョン。
ある方とのメールで発展した話なんですが、やっちまいましたよ。
りんの寿命問題話で今までの連載と合流させるつもりですが、どうでしょう?
同じような話なので合流させた方が良いよーな気もするんですが、どうしよう・・・。
まぁ、そこはまた皆様のご意見に頼りつつってことで(笑)
それでは、御意見・御感想はweb拍手か掲示板にてお願いします♪

2006.5.7