殺生丸は戻ってくるとりんの姿が見当たらないのに、邪見に視線を投げかけた。
その視線は無言でりんのことを催促している、ということが嫌でも分かっている邪見は冷や汗をだらだら流しながら
「あー、その・・・」
としどろもどろに呟いた。
そうなるのも仕方が無い。
何せ、りんが何処に居るか、というのは自分には分からないのだ。
近くの川に水を汲みに行ってる際にりんは居なくなってしまっていたのだ。
もちろん慌てて大声でりんに呼びかけてみるものの、全く返事は無い。
そうして慌てふためいているところに殺生丸が戻ってきた訳だ。
「・・・・目を離すな。と言った筈だが。」
冷たい目で見下ろされ、邪見はその身を震わせた。
と、蛇に睨まれた蛙、という状態の二人の背後から明るい声が聞こえてきた。
「あっ殺生丸さま!」
りんは嬉しそうに声を挙げると、腕いっぱいに抱えた果物を荷物の傍に下ろして駆け寄ってきた。
それに邪見が咎めるように「りん!お前は・・・」と言おうとするが、それは殺生丸に踏みつけられることで遮られてしまう。
「・・・・」
殺生丸は無言でりんを抱き上げた。
「あのね、暇だったから果物を拾ってきたの!」
そう言って先程荷物の傍らに置いた果物を指差す。
そうか、と殺生丸は頷いて
「一人で行動するな。」
と、静かに嗜める。
それを怒りと感じ、りんはしゅんと項垂れた。
「・・・ごめんなさい、殺生丸さま」
俯いたまま謝るりんの頭をぽんぽんとやさしく撫でると、殺生丸はりんを下ろした。
「殺生丸さま・・・?」
不思議そうに見上げるりんの傍らに腰を下ろし口を開く。
「今日は此処で野営だ。」
空を見上げると日が沈みかけている。
赤い太陽の光が三人と一匹を照らして、周りの世界も赤く染まっていく。
「わぁ・・・・綺麗・・・・綺麗だね」
にっこりと笑って言うりんに相変わらず無言で返す。
邪見と阿吽は、りんの声につられて赤く染まっていく景色を目に映した。
その景色は、何処と無く懐かしい雰囲気を醸し出している。
あの、貧しかったころ。
この時間に、村に立ち込める夕餉の匂いや、子供たちの家路につく賑やかな声。
貧しいながらも暖かい家族に囲まれて決して辛いなんて思っていなかった頃。
懐かしい。とは思っても、戻りたい。とは思わない。
しかし、何故かりんは自然と涙が零れるのを感じた。
「ほんとに、きれい・・・」
呟きながら静かに涙を零すりんに訝しげに眉を顰めながらも、着物の裾でちょいちょい、と涙を拭ってやる。
どうかしたのか。とか、大丈夫か。とか言われる訳ではなくとも、その行為で自分を気遣ってくれるのが痛いほど分かって、りんは大泣きしてしまう。
その泣き声に邪見と阿吽はおろおろと殺生丸とりんを見つめ、殺生丸は黙ってりんを抱きしめ、その背中を優しく撫でる。
「・・・っひっく・・殺生丸さまぁ・・」
しゃっくりをあげながら言うりんの言葉を黙って殺生丸は聴く。
「・・・ありがとう・・・・ひっく・・・」
その言葉に殺生丸はその眉を寄せた。
少女の有難うという言葉。
何に有難うなのか、殺生丸には皆目検討もつかなかった。
が、ただただ黙ってりんが泣き止むのを待つことにした。
その手はりんの背を撫で続け、その瞳が狼狽の色を映していたのは、誰も知らない。
終
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