突然来た殺生丸の城は、やはり不慣れで。


りんは殺生丸にくっつくことでやっと安心出来た。
















不穏



















りんは利衛と刀菊に連れられて浴場へと向かっていた。


例えるならば閑静な住宅街に位置する内殿には、極少数の者しか入ることを許されていない為に、外殿の賑やかさとは打って変わって、内殿は穏やかなものである。




りんはきょろきょろと辺りを見回しながら進む。
先程のように周囲から奇異の目が集中することは無いが、後ろを歩く刀菊から探るような気配がして、どうも落ち着かない。




「さ、こちらになります。こちらに今お召しの御着物は入れておいて下さいませ。」


そう言うと、利衛と刀菊は一礼をして下がった。



りんは言われた通りに広い脱衣所の棚に置かれてある竹の入れ物に今着ている市松の着物をきちんと畳んで入れると、浴場への扉を開いた。


岩で作られたお風呂というより、温泉といった感じで、乳白色のお湯が絶えず流れ込んでいて、何処か良い匂いが漂っている。


「うわ〜これ、何人くらい入れるんだろう・・・」


少なくとも、りんが50人は入れるよね・・・


呟かれたそんな声も浴場の中では反響して大きく響く。


置かれてあった竹の桶で体を流し、さて、どうしようかと考えあぐねていると、失礼致します、という声と共に簡易な着物を着た女の人が2人、入ってきた。



「へっ!?」



びっくりして間抜けな声を上げるりんを他所に、二人は楽しそうに微笑むと、


「御体をお洗い致します」


と言って、りんの手やら背中やらを柔らかい布で洗い始めた。



「えっ?ええっ??」


訳も分からずされるがままになっていると、二人の女は



「あぁ、そういえば自己紹介がまだで御座いました。」


「私が茅」

「私が和夜。私達はりん様の御髪や、衣などを任されております。」


にこにこと温和な微笑みを湛えながらそう言うと、茅は体を、和夜は髪を洗い始めた。





「まぁっつやつやとした御髪!これは整え甲斐が御座いますわ・・・ねぇ、茅。」


「お肌も、日に焼けてしまっていらっしゃるけど、肌理が細かくあらせられて・・・・・磨き甲斐が御座いますわ・・・ねぇ、和夜。」


そうして二人顔を見合わせて嬉しそうに微笑む。


そんな二人に挟まれてりんは曖昧に返事をすることしか出来ない。




「そうだわ、今日は香油を塗って差し上げましょう、良い案でしょう?茅。」


「そうねぇ、では御髪も気合を入れなければ・・・」


「「勿論衣もそれに合わせて」」



「・・・・・・・」


最早りんの口を挟む隙などは皆無だった。





















かれこれ1時間、いや、1時間半は経ったのではないだろうか。


りんは立ち込める湯気に包まれすぎて、体があつく、喉がカラカラになっているのが分かっていた。



でも、あれこれしてくれているのに悪いしなぁ・・・



と、我慢していた訳なのだが。
とうとうその暑さと喉の渇きに耐えかねてふらり、と体が揺れ、その場に伏してしまった。



「りっりん様!?」

「如何なさいました!?!?」


慌てふためく茅と和夜は、急いでりんを抱き上げると脱衣所へと運んだ。




「とりあえず、利衛様を呼んできて!」


和夜は茅にそう言うと、とりあえず小袖は着せようと、用意しておいた小袖をりんに着せる。
普段よりも緩く帯は締めて、冷たい水を用意しようとしたところに利衛と茅が入ってきた。



「茅はりん様を部屋に御連れして、和夜は冷や水を。」


利衛はそう言って、りんに着せるはずだった着物を持ってりんの部屋へと向かった。








部屋でりんは床の上に横たえられ、扇で優しく風を当てられて目を覚ました訳だが、目を開けると殺生丸が居たものだから驚いてしまう。



「殺生丸さまっ・・・・えーと、りん・・・」


「風呂で上せたと聞いたが」




ああ。

と一人合点がいき、差し出された水の入った器を手に取った。


「早く飲め」


そう言われてその通りさっさと飲んでしまって器を側に置く。



「今日はゆっくりしておれ。明日になれば城を見せてやる」


それにりんは嬉しそうに瞳を輝かせた。

そうして器を持っていこうと起き上がろうとしたが、制止される。


「今日は休め」


有無を言わせないその言い方にりんは納得いかないように顔を歪めるが大人しく座る。





そして、殺生丸は政務に戻るのだと、そう思っていたのだが、一向に殺生丸が居なくなる気配が無い。
不審に思ってりんはおずおずと口を開いた。


「あの、殺生丸さま」


「何だ」


「お仕事は良いの・・?」


それに殺生丸は心外だというようにりんを見た。


「今日と明日は、何もせぬ。と言っておいた。」



ふいと、顔をそらして言われた言葉は、りんを喜ばせるには十分過ぎて


りんは殺生丸に抱きついた。


「ありがとう、殺生丸さまっ」




つくづく私も甘くなったものだ



と、自嘲気味に思うが、同時に悪くないとも思う。





「・・・・何か食べれるか?」


それにりんが元気良く頷くと、殺生丸は待つように言いつけると立ち上がった。

りんは首をかしげて部屋を出て行く殺生丸を見送ったが、どうやらすぐ前の廊下で誰かと離しているらしく、低い声が響いているのが聞こえる。




すぐに殺生丸は戻ってきて、再びりんの傍らに腰を下ろした。


「・・・・?」


何をしていたの。
と聞く代わりに見つめると、


「少し早いが夕餉だ」








それからすぐに、食事が運ばれてきた。


体調が優れないのを気遣ってか、食事には多く果物が含まれていて、とても重いものが食べれそうに無いりんにとっては嬉しい限りだった。

だが、如何せん量が多い。


殺生丸には唯酒だけが運ばれていて、りんは慌ててお酌する。

そうして殺生丸が見つめる中、箸を取った。































夕餉も下げられ、日が沈んでしまった時分。
殺生丸は書物を読み、りんは殺生丸の側でその様子を眺めていた。


「・・・・・ねぇ、殺生丸さま」


不意に投げかけられた言葉に殺生丸は返事もせずにりんを見た。


「殺生丸様はここで育ったの?」


瞳をきらきら輝かせて言うりんに、殺生丸は相変わらず何を思っているのか分からない顔で言った。


「そうだ」


そんな殺生丸に怯むはずの無いりんはにこにこと笑顔を絶やさずにいる。


「そっかぁ〜」


殺生丸はまた書物に目を戻すと読み始めた。








程なくして、軽い重たさが肩にかかった。


見ると寝息を立てながら瞳を閉じている少女。


それを確認して殺生丸は溜息を一つ零すと、りんを抱きかかえて床へと向かった。






床へとりんを下ろして自分もその隣へと身を横たえる。
そっと前髪を避けてやる。










「おーおー、甘いねぇ〜」



はっと、顔を上げると其処にはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら立っている男。


「靖伯・・・」


靖伯と呼ばれた青年は無遠慮に部屋へと入ってきた。



「久々に帰ってきたと思ったら、こんな人間の小娘を・・・・お前、正気か?」



それに殺生丸は苦い顔をして靖伯を見る。



「・・・・・・・」



靖伯は笑いながらりんの顔を覗き込んだ。
その幼さを残す顔にさも面白そうに手をかけた。


「・・・・・触れるな」



強い声に靖伯は素直に手を離す。


「・・・・ふん。まぁさっさと溜まりに溜まった政務をこなすんだな。お前が居ない間大変だったんだぞ。」


俺がどんだけ苦労したか・・・と言い始める靖伯をうんざりした表情で見ると、部屋から叩き出した。




「その話は後日だ。」



と、最後に言葉を残してぴしゃりと部屋の扉を閉めた。



「あんの野郎・・・・」



靖伯は閉められた扉を尻目に悪態をつく。

今日もまたあの書類に目を通すのか・・・

と、うんざりした表情で靖伯は肩を落とす。
しかし、噂の、あの殺生丸が寵愛するという少女を拝めて、まぁ良かったか。と。思い直し、
機嫌良く鼻歌を歌いながら、執務室へとのんびり歩き始めた。









「靖伯様!遅いですぞ!!」


遅い靖伯を呼びに邪見が走ってきた。


「あぁ?そもそも俺の仕事じゃねぇんだぞ?」


「はぁ、それはごもっともで・・・・って、何笑ってるんですか」


「いや、あいつ、変わったなァ〜。」


「はて、殺生丸様のことで?」


「他に誰がいんだよ」


「あっいや・・」


「・・・・ま、あの人間の娘に免じて今日まではあいつの変わりに働いてやるか・・・・」


変ににやつく靖伯を前に、邪見は首をかしげ、とにかく仕事。と、執務室で楽しく仕事をするのであった。








































靖伯、お気に入りです。
だって、殺生丸に好き勝手言えるんですもん♪(笑)